釜石と中津をつなぐ

旅は、行く前から始まっている。

人の話を聞き、食を囲み、

その土地の暮らしや仕事、人のつながりに触れることも、

ひとつの「旅」。


さて、旅する関係案内VO.2は、岩手県・釜石と大阪・中津をつなぐ時間を過ごしました。

ナビゲーターは、大阪・中津から釜石市へ移住し、地域おこし協力隊として活動する 松田知也さん。

復興が続くまち・釜石での暮らし、仕事、人との関係。都市と地方は、これからどんな関係を結べるのか。

リアルな言葉でお話しいただきました。

松田さんは、滋賀県大津市出身。大阪・中津に惚れ込み大阪へ引っ越し、中津万博のボランティアをきっかけに中津地域とつながりうめらくを知りサポーター会員に。

その後、地方を元気にすることに興味を持ちたまたま見つけた、何のゆかりもないまち釜石市の地域おこし協力隊に応募。2025年4月から釜石市へ移住しました。

そんな松田さんが、釜石を共有する時間として届けてくれたのが釜石の魚と、釜石のいまの現状の復興についてのお話し。今回届いた釜石直送便の魚たちは、鮮度がよい状態でしか食べられない生のタラとどんことわかめ。

三陸の海の恵みをこんなメニューでいただきました。

【旬の魚】

・タラの刺身

・牡蠣(茹で)

・どんこのなめろう

【鍋】

・生わかめとタラのしゃぶしゃぶ

【三陸珍味】

・ウニイカ

・タラ肝煮

・イカの甘煮

【温かい料理】

・どんこのあら汁

・どんこ唐揚げ

【ごはん】

・みそ焼きおにぎり

・わかめごはん

【飲み物】

・釜石産りんごジュース

三陸の海と食文化をみんなで味わう時間になりました。

釜石市は、鉄・魚・ラグビーのまちとして知られてきました。かつて近代化を支えた製鉄所としての役割は、時代の変化とともに幕を閉じ、現在は加工中心の工場へと姿を変えています。またラグビーも、日本選手権7連覇を誇った実業団チームとして名を馳せた新日本製鐵釜石ラグビー部の栄光の時代を経て、現在は地域クラブ釜石シーウェイブスRFCへと伝統が受け継がれています。

そして

2011年3月11日。

東日本大震災。

魚のまちである釜石も大きな被害を受けました。

震災によってまちの今も未来も大きく変わりました。

それでも、この土地で暮らす人たちは愛着のあるまちでどう生きていくかを模索し続けています。かつて9万人いた人口は、現在は約2万8000人。2050年には1万5千人になるとも言われています。

ちなみに中津の人口は約1万3千人。遠い地方の話のようでいて実はとても身近な数字です。人口を増やすことは簡単ではない。

でも関係人口や交流人口、応援してくれる人は増やせると松田さんは話します。釜石では、新しい産業づくりも始まっています。松田くんも関わっているのが薪をつくる会社。その取り組みから炭の生産といちごの栽培も始める予定だそうです。地域の資源を活かしながら新しい産業を生み出す挑戦です。

そして今回、参加者のみなさんが特に驚いたのが

生わかめ。

「こんなわかめ食べたことない!」

「めちゃくちゃ美味しい!」

そんな声があがり、

なかつもりに集まる人たちと共同購入することになりました。

若いわかめ漁は3月中旬ごろまで。しかも収穫後は2〜3日以内に食べてほしいほどの鮮度のため、流通にのりにくいそうです。だからこそこうして直接つながることで届けられる味でもあります。遠く離れたまちでも住むことはできなくても応援することはできる。関係人口だけでなく応援人口なら、誰でもなれる。

そんなことを感じる時間でした。

文:山田摩利子